インターネット上で誹謗（ひぼう）中傷した匿名の投稿者の特定を巡り、地方の被害者の負担が課題となっている。投稿者を特定するための裁判の多くが、民事訴訟法の規定で東京地裁の管轄となるためで、地方の弁護士は「経済的負担から地方の被害者が泣き寝入りしている」と担当する裁判所を広げるよう求めている。総務省は裁判手続きの見直しを進めているが、地方の被害者の負担軽減がどの程度図られるかは不透明だ。 【画像】匿名の投稿者の特定を巡る裁判の現状と、総務省が検討している「新制度」 「そんなにお金がかかるんですか」。昨秋、大分県の20代女性は福岡市の弁護士と電話で話した際、思わず驚きの声を上げた。 女性は、ネット上の匿名掲示板で誹謗中傷を受けたという。裁判で投稿者を特定したいと思い相談したが、弁護士の説明を聞いて諦めた。「東京地裁での裁判になるので、着手金に加え、旅費などで数十万円が必要になります」
なぜ東京地裁になるのか。投稿者特定のための裁判はサイト運営会社と接続業者（プロバイダー）にそれぞれ起こす必要があるが、その多くが海外や東京に本社を置くという。民事訴訟法は、国内に営業所がない海外の企業相手の裁判は、東京地裁が管轄すると規定。国内の企業でも、投稿者の情報開示を求める裁判は、本社所在地を管轄する裁判所で行うとなっている。 「地元で裁判ができるなら、女性は諦めなかったはず」と弁護士。運営会社との裁判で費用が尽き、接続業者への裁判を諦めた地方の被害者もいるという。
■ ■ 現行制度では投稿者を特定する場合、まずサイト運営会社への仮処分を申し立て、ネット上の住所に当たるIPアドレスを取得。次に投稿者の名前や住所の開示を、接続業者に求める裁判を行う必要がある。 被害者の負担は大きく、ネット上の誹謗中傷が社会問題化する中、総務省は「新制度」を検討している。 新制度では被害者の申し立てを受けた裁判所が、投稿者に関する情報開示の必要性を判断。書面による審理も導入し、必要と認めれば、運営会社と接続業者双方に開示命令を出す仕組みで、1回の手続きで済むという。新制度を盛り込んだプロバイダ責任制限法の改正案を、開会中の通常国会に提出する方針だ。
一方、新制度は裁判の管轄の問題には触れておらず、福岡県弁護士会は会長声明で「地方の被害者の負担が一切考慮されていない」と反発。声明作成に携わった吉井和明弁護士は「ネットに場所は関係ないのに、地方が不利になるのはゆゆしき事態だ」と強調する。 「管轄を広げると専門外の裁判官による審理が増え、時間がかかる」との指摘もある中、総務省は「地方の負担軽減は課題と認識している」と説明。「新制度は書面審理が可能になる。裁判所へ出向く負担は軽減される」とするが、地方の被害者にも寄り添った新制度が実現するかは見通せない。 （森亮輔）
February 16, 2021 at 07:49AM
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